2025年10月26日 説教要旨
「天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか」という質問を切り出した弟子たちは、天の国にあっても、自分たちの位を気にしていたのでしょうか。主イエスは弟子たちの質問に端を発し、「小さい者たち」の価値に心の目を開かせようとしています。それが5節以降の講話の内容です。「小さい者たち」と三回言及されています(6,10,14節)。先ず「小さい者たち」とは誰なのでしょうか。文字通り、主イエスさまのもとに来る「小さい子どもたち」と考えてもいいのですが、それがすべてではありません。当時の教師は弟子たちのことを「子どもたち」と呼んでいました。 ここでは、自分を信じて従おうとしていた弟子たちのことも意識していたようです。私たちも主イエスに従おうとしているのなら、私たちもまた小さい者たちです。年齢や男性、女性に関わりありません。この世的な職業、能力、出自、民族、人種など一切関わりがありません。神にしか頼るべくものがない者、主イエスに信頼し従う者すべてが「小さな者たち」なのです。 この小さい者たちにつまずきを与えないということ(6,7節)。「つまずき」はもともと「わな」と
2025年10月5日 説教要旨
すべてのクリスチャンには「天の国のカギ」が授けられています。栄光に満ちたクリスチャンの特権です。しかし、人間的な思いに駆られて傲慢になってはいけない。いつでもこのような誘惑と罪が待ち構えています。私たちは常に神さまより前に行こうとする!高慢さ。「神の名」を利用して自分の正義...
2025年9月28日 説教要旨
学校という「神なんて信じない」と考える人がほとんどの場所で、聖書の言葉を語る難しさを感じる。しかし、神の存在を疑うという問いは現代人特有のものではなく、古代の聖書の民も持っていたもの。神の存在を疑うことは、神を疲れさせる行為であると。人格を持つ存在としての神が、疑われること...
2025年9月21日 説教要旨
弟子のペテロは、主イエスを生ける神の子、救い主と信じる信仰を告白しました。そして主イエスはご自分の教会をその信仰告白の上に建てると宣言されました。幸いな人と言われるペテロは、そのみ業に加えられ、そのために用いられる幸いであり、イエス・キリストの教会の一員となるという幸いなの...
2025年9月14日 説教要旨
「しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです」という異邦人の女性の執拗な返答に、主は感動します。主イエスをして「 婦人よ、あなたの信仰は立派だ 」と言わせたのです。「立派です」とは「 偉大です 」という意味です。その信仰によって彼女の娘はいやされたのです。娘の...
2025年8月31日 説教要旨
バプテスマのヨハネが処刑されたという報告を聞き、イエス・ キリストは父なる神に祈るために、静かな場所へ弟子たちと舟で向かいました。しかしその場所にも群衆が集まってきたので、イエス様は祈りの時を後にして病人を癒し、集まった群衆すべてに食事を提供されました。五千人の給食のエピソ...
2025年8月24日 説教要旨
五千人給食のエピソードです。主イエスのもとに集まった多く人々は腹を空かせていましたが、弟子たちの手元にはたったのパン五つと魚が二匹しかありませんでした。主イエスはそれをもって来させ、人々をまず草の上に座らせ、共に天を仰ぎます。人々を草の上に座らせることは、さまざまな聖書の箇...
2025年8月17日 説教要旨
「毒麦」「からし種」「パン種」のたとえはどれも、地上に置ける「天の国」がどのようなものであるかを教えています。からし種は、一粒の直系が1mmに満たない小さな種ですが、成長すると2~4m程の高さになるといいます。このたとえ話の焦点は、畑に蒔かれた時の最初の種の姿と、それがやが...
2025年8月10日 説教奉仕
主イエスの肉の家族である母マリアと兄弟たちは、今日の聖書個所では、「外に立っていた」とありました。「外に立っていた」ということは主イエスとその家族たちとの距離感を現します。母マリアや兄弟たちは、主イエスのなさっていることに対して、当初は「外に立っていた」つまり距離を置いてい...
2025年8月3日 説教要旨
出エジプト記20章以下の十戒の中で、神は「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない」と命じられます。「主が六日間で、天と地と海とまたそれらそこにあるすべてのものを造り、七日目に休んだからである」と記します。不思議な理由ですが、「神のかたち」に...

