2026年2月8日 説教要旨
- 2月13日
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天の国は、この世の終わり(終末)を指し示しています。この世界の終わりに起こることは、主イエス・キリストが花婿のように十字架と復活の後、もう一度この世に来られ(再臨)、栄光の王として君臨し、喜ばしい婚宴の席というイメージで語られます。この世の終わりとは「新しい世」の始まりでもあるのです。花婿(イエス・キリスト)を迎える十人のおとめ(教会)は、天の国の完成を心待ちにして、いつかいつかと待っています。花婿の到着は昼か夜か何時なのか分かりません。夜ならば油壺とともし火が必要になります。花婿を迎えることは簡単ではありません。備えをしながら待つことです。ではその日、その時を知らない私たちが再臨の主イエスを待つためにはどうしたら良いのでしょうか。何とたとえ話の中では6節「真夜中」に花婿が到着します。
目を覚ましているということは、眠らないということではありません。いつでも、どこでも再臨の主イエスとお会いになる備えをしておくということでしょう。キリストを迎えるための油を準備することとは、具体的には、再臨の主イエスが、特に真夜中のような暗闇の中に来られるということを深く理解することではないでしょうか。私たちが生かされている社会や人生の暗闇の中で、救い主を迎える備えをしているかどうか。人生の暗闇の中で主イエスをお迎えする、そのための日々の備えと何でしょうか。賢いおとめになりたいものです。天の父の御心を忘れ、必要とする時だけ、主よ、主よ、と求める愚かなおとめにはなりたくないものです。


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