2025年2月22日 説教要旨 廣瀬祥史伝道師
- 2月17日
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私たちは日々の歩みの中、決していつも順風満帆ではなく、さまざまな困難に会い、課題に向き合わなくてはなりません。まるでイスラエルの民がエジプトを脱出して、広く恐ろしい荒れ野の中を通ったように、私たちも、人生の荒れ野の中を歩んでいます。イスラエルの民は、主なる神が与えてくださると言われた約束の地を目の前にして、不平を言い、不安と恐れに駆られました。その土地を偵察して帰ってきた人たちが、その土地の豊かな果実を持ってきて、主が与えてくださる土地は良い土地である、と報告したにも関わらず、イスラエルの民は、その土地に上っていこうとはしなかったのです。彼らは、神が私たちを憎み、アモリ人の手に渡して、私たちを滅ぼそうとしているのだ、とまで言うようになったのです。
私たちも、突然襲いくる病気や、災害、年老いて生活をすることの不安、家族や職場における人間関係の問題、近隣諸国との不安定な関係、経済問題などを目の前にして、いったい、主なる神は、私たちを愛することをやめて、憎んでいらっしゃるのではないだろうか。私たちは、このまま苦しみと嘆きの中にいて滅ぼされてしまうのではないだろうか、と思わずにはいられなくなります。そのようなイスラエルの民に対して、モーセは、主なる神は、あなたたちに先立って進まれ、エジプトで、あなたたちの目の前でなさったと同じように、あなたたちのために戦われる。また荒れ野でも、これまでの旅の間中も、あなたの神、主は父が子を背負うように、あなたを背負ってくださったのを見た、と言われました。私たちの生きる歴史の只中で、神の御子であられる、イエス・キリストが十字架におかかりになり、私たちの罪を贖ってくださいました。そして、キリストが天に上られた後、聖霊が私たちに下り、主なる神が共にいてくださる中を生きています。私たちは、今もなお、主なる神の愛という現実の中を生きているのです。主なる神が私たちを背負い、共に歩んでくださいます。ですから、私たちは、この地上の荒れ野の中、終わりの日が来て、神の国が完成する時を待ち望んで生きるのです。イエス様が再びこの地上に来られ、神のご支配がこの地上のすべてを覆うのだという希望に向かって歩み続けるのです


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