2025年12月7日 説教要旨
- aomori1879
- 2025年12月7日
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「人類、みな兄弟」とか、「だれでもみな神の子ども」といった標語を聞くことがありますが、ここで言われている「神の子ども」とはそういうことではありません。聖書は、私たちはだれも生まれながら神の子どもである人はいないと教えています。もともとは神のかたち、神の子どもとして造られましたが、最初の人アダムが罪を犯したことで、人はみな神の子どもとしての資格を失ってしまいました。聖書は、私たち人間は新しく生まれ変わらなければ神の子どもとしての資格が与えられないと教えています。しかもその資格はただの資格ではありません。「権能」「特権」「能力」という表現です。これはものすごい特権なのです。
「しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。」(1:12)この「しかし」は、福音の転換点です。神の民が受け入れなかったにもかかわらず、「その名を信じる人々」には神の子となる資格が与えられる。これは、イスラエルに与えられた祝福を超える、より大きな恵みの提示です。「すべての人」とは、血筋や民族に関係なく、イエスを信じるすべての者を指していると解釈できます。福音は、ユダヤ人にも、ギリシャ人にも、そして現代の私たちにも開かれているのです。
旧約における神と民との契約的関係を超えて、父と子という人格的・家族的な関係への招きを示しています。イエスが「アッバ、父よ」と呼んだように、私たちも神を親しく「お父さん」と呼ぶことが許されるのです。これは、宗教的所属ではなく、神との親密な父子関係の始まりです。ヨハネ福音書が語る福音は、「その名を信じる」ことだけが条件です。これは、代償なき恵み、すなわち神の一方的な無償の愛の表れです。
神への全き信頼。 そして「アッバ、父よ」と呼ぶ親しさ。 この恵みと光に、あなたはどう応えるでしょうか。クリスマスの時期、この福音の光に向き合う私たちになりましょう。


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