3月25日の主日礼拝メッセージ(要約)を更新しました。
- 平松牧師
- 2018年3月25日
- 読了時間: 2分
【みんな大切だから】
聖書 マルコによる福音書11:1−11
抜粋《もし、だれかが、『なぜ、そんなことをするのか』と言ったら、『主がお入り用なのです。すぐここにお返しになります』と言いなさい。》
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「信仰は驚くことから始まる」と言われる。先頭に立って進み行かれるイエスの背中を見て、弟子たちは驚いたとマルコは書き記した(マルコ10:32以下)。彼らは何を見たのか。彼らの目の前には【あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者】(同1:11)と言われたイエスの従順さがあった。
十字架の道行きを従順に歩まれるイエスに出会い、愛と憐れみを一人ひとりに注がれる神に出会い、配慮に満ちた神の御心に驚きつつ、感謝をもって信仰の出来事を証しする者へ歩み出したいものである。
子ろばに乗ったイエスがエルサレムに入る時、多くの人が自分の服を道に敷いたり、葉の付いた枝を道に敷いて、「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。」と叫んだ。ところが、数日後には彼らの歓喜は「十字架につけろ」という怒号に。人間の持つ罪の深さを思い知らされる。
しかし、イエスはそんな罪深い私たち一人ひとりを救うために、自ら身代わりとなってくださり、そのために私たち一人ひとりを救うためにイエス様は来てくださった。
神に愛されるために生まれたあなたがまことの神と出会うために、救われるために、そして出会いの中で実を結ぶ神の愛に生きるために、イエス・キリストは一人ひとりの救い主として来てくださったのである。
神に愛されている自分に出会い、日々の歩みの中で神に愛されている隣人に出会い、互いに神の愛を証しする者へと成長させていただこう。
(2018年3月25日主日礼拝)
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