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2024年6月16日 説教要旨

マルコ福音書13章は「小黙示録」とも言われます。しかし、ここから自己流の終末思想を読み取っては危険です。この箇所は神殿への批判であり、あくまでも神殿崩壊について語っています。世界の終末のことを主題にしているのではありません。ただ当時の人々が神殿を宇宙の縮図のようにかんがえていたため、神殿が崩れることは天地が壊れるくらいの重大な意味をもっていたのです。マルコは旧約のイザヤ書、ダニエル書などを念頭におきながら、強大な大国の末路を預言形式で語っています。それは世界の終わりではなく、ある一つの腐敗した支配体制の終わりであり、その終わりはキリストの支配という新しい現実をもたらすと語っているのです。ユダヤの神殿崩壊を指摘しながら、主イエスご自身こそがまことの神殿であること、また、福音が全世界に広まり、人々がそれぞれ置かれている場でイエスの御名によって、父なる神を礼拝するということが実現することを啓示しているのです。これまでイスラエルを支配していた大祭司たちが裁かれ、彼らの権力の象徴である神殿が破壊され、一方では、復活した主イエスが御父のもとへと導かれ、そこで永遠の王国を授けられる。その情景を描いているのがマルコ13章24節から26節です。

このような聖書の文脈から全く離れ、終末を解釈するのは幻想にすぎません。新興宗教は終末の脅威をあおりながらマインドコントロールに利用しようとします。確かに今の地球は温暖化とか、環境汚染とか、核戦争の恐怖とか、巨大な脅威にさらされている状況があります。世界の終わりというものが、さらにリアリティーを持ってしまった時代だといえます。しかし、聖書をあまりにも自己流に解釈してはいけません。むしろどんな困難さにあっても、恐れてはならない。私たちは福音を信じればいいのです。「福音」とはイエス・キリストご自身が、いつでも、どこにでも、共におられるということですから。

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