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2023年10月22日 説教要旨

  • aomori1879
  • 2023年10月22日
  • 読了時間: 2分

「病気をいやす」ということと「悪霊を追い出す」ということは現代人にとっては別のことと感じられますが、主イエスの時代には明確な区別はありませんでした。悪霊は「人を神から引き離す力、人と人との間を引き裂いていく力」と考えたらよいでしょう。ここでの「熱は去り」も「悪霊が去った」と同じように考えられたのかもしれません。その人を苦しめている悪の力が追放され、その人が神とのつながり、人とのつながりを取り戻すこと、それがイエスの行なっていたことだと言えるでしょう。「手を取られた」と文字通り「手当て」されたのです。病の人をいやされ、悪霊を追い出しながら、主イエスはガリラヤ中の会堂や町々を巡りながら、すべての人々が神から愛され、祝福されているという神の福音を語り伝えたのです。今、生かされている所で神の国を仰ぎ見なさいという悔い改めの宣教をされたのです。このような働きを弟子たちにも引き継がさせました。主イエスによりいやされたシモンのしゅうとめは神の国宣教に奉仕する人へと変えさせられて行ったのです。彼女は「もてなす=仕える」人となりますが、この言葉はマルコ福音書の中で、主イエスご自身の生き方を表す言葉として、また弟子たちの生き方を指し示す言葉として重要です。主は仕えられるために来られたのではなく、仕えるために神の国宣教をされたのです。すべてのクリスチャンが神の国に仕える者となるようにという招きでもあります。仕える力の源は「祈り」でもあります。教会は祈りながらこの世に仕え、神の国を語り告げていかねばなりません。

 
 
 

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