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2022年8月28日 説教要旨

  • aomori1879
  • 2022年8月28日
  • 読了時間: 2分

12弟子たちの羅列の中で二人だけ肩書きが記された人がいます。徴税人マタイと熱心党のシモンです。徴税人と熱心党員というのは、当時は全く相容れない水と油のような存在でした。徴税人は、ユダヤを占領していたローマ帝国に納める税金を徴収し、しかもローマの権力を背に、自分の取り分を上乗せして、何倍ものお金を巻き上げていました。ザアカイという人物を想い起します(ルカ19章)。一方、熱心党というのは、ローマ帝国の支配に対して、武力を持ってしてでも対抗し、いつかローマの権力を追い出してやる、と意気込んでいたグループです。熱心党の人々にとって、徴税人は憎きローマにこびへつらう絶対に許せない存在でした。しかしながら、イエス・キリストはここで、いわば国を売って生きているような人間をもひとつの弟子グループの中に召されたのです。これは常識では考えられないことでしょう。この主イエス・キリストの弟子選びそのものが、すでにキリストの和解の福音、平和の福音を物語っています。 「実にキリストは、私たちの平和であります。二つのものを一つにし、ご自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊……されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました」(エフェソ2:14-16)遣わされる弟子たちも、平和のあいさつを受ける人たちも、キリストの和解と平和の恵みを味わうことで「新しい人」になっていくのではないでしょうか。

報復が報復を呼び、一層頑なになって、争いがエスカレートしている今日の世界にあって、とにかくどんな相手に対しても平和のあいさつをもって臨むということは、とても大事なことです。安易な和解ではないことは、主の十字架が暗示している通りです。私たちもこのようにイエス・キリストの弟子として和解へと召され、平和の福音をたずさえてこの世へと派遣されていることを覚えたいと思います。

 
 
 

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