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2022年12月18日 説教要旨

  • aomori1879
  • 2022年12月18日
  • 読了時間: 2分

救い主イエス・キリストは三日目に死人のうちからよみがえられました。このキリストの復活を信じることがキリスト教信仰の中心にあります。しかし、いつの時代でも復活を信じるこは困難な信仰告白でした。神さまの神秘だからです。(51節)主イエスの死後、逃げ出していた弟子たちがなぜ再び集まり、福音を宣べ伝え始めたのか。彼ら自身は落胆し、彼ら失意のどん底にあったのですが、弟子たちを中心に教会が生み出され、福音が宣べ伝えられるに至った理由はただ一つです。復活の主イエス・キリストと出会ったからに他ありません。そして主イエス・キリストが、ご自身の十字架の死と復活の証人となることを求められたのです。このように教会では説かれてきましたが、復活は神さまの領域です。私たちにとっては神秘としか言いようがありません。偉大な神秘への信頼が信仰です。

「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です」キリストの復活は私たちの初穂としての復活です。(レビ記23章)キリストの新しい命が私たちに与えられて、私たちも神の御前に生きる者とされます。私たちは地上の生にあって神の子とされ、神のみもとに憩い、神の愛の中で養われて、私たちに必要なすべてが加えて与えられます。また、地上の人生を走り終えて永遠の神の御国に入れられる希望が与えられています。キリストの復活は私たち自身の復活の確かな保証です。この復活を信じる信仰に立つときにこそ、神を知り、神に導かれて生きる、新しい人生が始まります。復活を信じるところにこそ、まことの希望と喜びがあります。

 
 
 

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